この記事は、以前、自分が書いてたブログから再度note向けに編集したものです(2011.3.8)。

“The Hardest Part Of Software Is Culture.”

素晴らしいインターフェイスを思いつくことに困難があるのではなく、むしろチームや、クライアントとの文化や価値観を超えた合意形成の方にこそ困難はある。自身のブログでAza Raskinはこう述べて、UIやUXに携わるデザイナーが交渉について学ぶことを薦めています。

交渉と聞くと、「いやいや、そんなスキルよりも良いアイディアを生みだす能力の方が大切だ。」と反発したくもなりますが、”To design is to inspire participation”(前述のブログより)という側面は強まる傾向にあり、デザイナーには、これまで以上に関係者や物事をバランスさせる能力も求められているのだと思います。もちろん、良いアイディアの方が賛同は得やすいし、良いアイディアとは物事をバランスさせるものなのかも知れないのですが、デザイナーが交渉について学ぶことにも価値はありそうです。今回は、Aza Raskinが薦めている書籍『GETTING TO YES』(翻訳は、『ハーバード流交渉術』)の概要を少し紹介したいと思います。

原則立脚型の交渉

『ハーバード流交渉術』は交渉術とは言いながらも、相手を打ち負かし勝つための術ではなく、いかに公平に利害を調整しお互いが納得可能な合意に達するかということを目的に書かれています。交渉というと、強気にでるか、穏やかに進めるか、ということばかりを考えがちですが、これでは「賢明な合意」に達することはできないし、「当事者間の関係の改善(あるいは、関係性の維持)」を図ることも難しいでしょう。交渉方法としては、「賢明な合意をもたらし」、「効果的で」、「当事者間の関係性の維持、ないし改善が可能」でなければなりません。こうした交渉を実現する方法として、著者らが提案しているのが、「原則立脚型の交渉」です。原則立脚型交渉のキーポイントは以下の4点にあります。

1.人と問題とを分離せよ

交渉当事者間の基礎には、正確な認識、十分な意思疎通、節度ある感情、目的に対して前向きな展望がなければならない。交渉当事者はこの基礎の上に立ち、比喩的に表現すれば互いに相手を攻めるのではなく、一緒に問題を攻めるのだという見方をすべきである。

2.立場でなく利害に焦点を合わせよ

交渉上の立場は、その主張者が真に何を欲しているのかをしばしば不明瞭にしてしまう。声高な表向きの主張の背後にある隠れた動機(真の利害)を探り、そこに焦点を合わせよ。

3.行動について決定する前に多くの可能性を考えだせ

双方に共通の利益を増進し、相違する利害を創造的に調整できるような複数の解決策を用意せよ。

4.結果はあくまでも客観的基準によるべきことを強調せよ

どちらか一方が選び出した基準によるべきだというのではなく、市場価格、専門家の意見、慣習法律といった公平な基準によって結論をだす。

書籍中には、この1〜3のポイントを端的に示す逸話が紹介されています。

「図書館で2人の男が言い争っているとしよう。一人は窓を開けたいし、もう一人は閉めたい。彼らはどれだけ窓を開けておくか、言い争っている。そこへ図書館員が入って来た。彼女は、一方の男性になぜ窓を開けたいかを尋ねた。『新鮮な空気が欲しいからですよ』と彼は答えた。次にもう一方に、なぜ閉めたいか尋ねると、『風に当たりたくないんですよ』という答えだった。少し考えてから、彼女は隣の部屋の窓を開けた。こうして風に当たることなく新鮮な空気が入れられ、2人の男は満足した。」 表面的には、2人は「どれだけ、窓を開けるか、閉めるか」について言い争っているように見えます。争点を1つに絞られると、利益や不利益をどう分配するかという配分の問題となり、このような交渉では合意を得難い状況を導きます。しかし、隠れた動機を知ることができれば、問題を創造的に解決できるということをこの逸話は示唆しています。

また、「多くの交渉において、かかわりのある利害は、つきつめると金銭であると思われやすい。」のですが、しかし、金銭的問題に関する交渉においてすら、たとえば離婚の際に妻が要求する扶養料額でさえ、その背後では、経済的なゆとり以上に、心理的な安心感や、むしろ自分が認められ、正当に扱われていると納得したいといった具合に、金銭以上の利害が関わっていると言われます。

原則立脚型交渉は賢明な合意を友好的、効果的に生みだす

先の1〜3のポイントは、交渉において重要な点ではありますが、この書籍を特徴づけるのは、最後の4つめのポイント「公平な基準によって結論を出す」という点にあります。その利点は以下のように説明されています。

公正で効果的で科学的な利点を基準として特定の問題に取り組めば、それだけ賢明で公正な最終案を実現しやすい。交渉の両当事者が先例や習慣を重視すればするほど、過去の経験から多くのものを学びうる。 互いに優位に立とうと争うばかりでは、当事者間の関係を損なうだけだ。基準に基づいた正しい交渉は、それを防ぐ。問題を解決しようとしているとき、(中略)人間関係もずっとうまくいく。

しかし、実際には客観的と考えられる基準は複数存在するであろうし、どの基準を採用するかで交渉が進まなくなることもあり得る。著者らは、ここを共同作業として実施し、その基準に基づいた確固とした結論を導くことを推奨しています。

1.問題の解決を、客観的基準を探し出す共同作業としてとらえる。
2.どの客観的基準が最も適切か、それをどう適用すべきかについて、論理的に説得するとともに、相手の論理的説得も素直に聞く。
3.圧力にはけっして屈せず、正しい原則にのみ従う。

お互いが共同作業として作成した基準であれば、それを否定することが難しくなり、勝手な論理展開や、結論に対する不平を減じることができるというものです。 およそ、この書籍では、前半にこのような交渉論の概念的な枠組みや方法論が紹介され、後半には具体的なケーススタディが続きます。興味を持たれた方は、是非、書籍を手に取ってみて頂けばと思います。

改めて交渉の4つのキーポイントを眺めると、実はデザインプロセスに非常に近い印象を受けます。本質的なニーズを探り、課題を創造的に解決し云々。このように考えると、意外とデザインと交渉は親和性が高いもののようにも思われるのでした…

最後に、私として示唆的だったものをメモ的に引用しておきます…

相手を検討過程に必ず参加させ、結果に責任をとらせよ

相手方には不利な結論を呑んでもらいたいという場合は、その結論を導きだす過程に相手方を参加させることが不可欠

顔を立てて相手の価値観と一致する案を出せ

顔を立てるということは、妥結案が両交渉者の主義主張や社会的イメージと相反しないように調整するということであって、 その重要性を過小評価してはならない。

公正な手続き

私意に振り回されない解決を生みだすためには、実質的な問題点に対する公正な基準か、または対立する利害を解消するための公正な手続きかのいずれを使えばよい。例えば、2人の子供が1つのケーキを分けるのに古くから使われている方法を考えてみよう。1人が切ってもう1人が選ぶ。どちらも不平を言うことができない。