六本木にある本屋「文喫」にて開催されている「篠原紙工のしごと」展で、Surface&Architectureで働く際のカルチャーコード(拠り所となる考え方)をまとめた「Culture Code Book」が4月24日(日)まで展示されています。
https://bunkitsu.jp/kikaku/
この冊子はS&Aメンバー全員によるディスカッションをもとにまとめたもので、最後に冊子にする製本工程は篠原紙工さんにレクチャーを受けながら全員で行いました。
展示の文章にもあるように、本を綴じるという行為は、本に書かれた言葉を身体に織交ぜるような「体験」となりました。

言葉は、私たちの日常で最も使い慣れたメディアだと思います。また今は、みなが饒舌に話すことが求められ、言葉は洪水のように流れているようにも感じます。その「言葉」に対し、一度立ち止まり、読む、書く、話すだけではなく、「体験」へと広げる。それはカルチャーコードに書かれた内容を、たくさんの言葉のなかで流れ去るものではなく、「自分のもの」へと変換する重要な時間でした。

今回、「critical thinking」というテーマで行ったインナーワークショップも、Culture Code Bookのような「言葉を体験する」時間となることを目指しています。

この「critical thinking」では、まず、キーワードとなる言葉をひとつ決めます。その言葉の意味や背景を深く知るためのリサーチやディスカッションなどを行い、言葉が示す概念を拡張し、新たな創造性を生み出すことを試みる実験的なワークショップです。
第1回目のキーワードは、「わかる」という言葉。日常生活でも、仕事でも、また子どもも大人も、みなが自然と使っている「わかる」とは何なのか…。今回の記事は、「わかる」をあたらめて考え、その概念の拡張を試みたワークショップレポートです。

critical thinking ワークショップの内容

今回のワークショップの参加メンバーは、UXデザイナーの陳と、ライターの大橋です。初めての試みを、2人で手探りをしながら進めました。ワークショップのフローは以下です。

1.「わかる」という言葉をリサーチ

認知科学や心理学、また哲学などから「わかる」という言葉に関連する知識・情報を各々インプット。

2. ディスカッションし、情報の関連性を整理

お互いのリサーチをもとにディスカッション。今回は「わかる」が成立するプロセスを時系列に並べ替える方法で情報を整理。

3. 「わかる」という言葉を図にしてみる

言葉に対して、言語だけでなく、視覚的なアプローチをすることで、より言葉を拡張する「体験」とする。
ワークショップで使用したmiroはこちらです!

初めのリサーチ作業は、2週間程度の時間を設けました。知覚・認知のときの脳の運動、その後、認知したものを判断するのためのいくつかの経路、記憶システムの関与など、人が何か「わからない」ものに対面した後に、「なるほど、わかった」となるまでの動きを、やや大雑把ではありますが…学びました。

次のディスカッションでは、自分たちの日常で「わかった」となった瞬間の経験を頼りに、リサーチで得た情報をひとつひとつ分析し、時系列に整理しました。今回、何かを「わかった」となるまでの経路が少なくとも3パターンほどあるのではないか、ということとなりました。

  • 考えて理論的に、わかる
    周辺の情報を意識的、体系的に判断しながら着地する
  • 考えず直感的に、わかる
    新しいことでも経験則から判断でき、ほぼ無意識に着地する
  • 理論的でも直感的でもなく、ひらめいてわかる
    「アイドリング状態」のときの思いつきによって、急に着地する
こうして文章にしてみると、少し当たり前のことを言ってるような気にもなりますが…。このなかでも特に注目したいのは、3番目のひらめき、何かが急に分かるパターンです。誰しも一度は経験したことがあると思いますが、これは「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる脳の神経回路が関係しているようです。DMNとは、ぼーっと散歩しているときや、シャワーを浴びているときなど、考えているようで考えていない、考えていないようで考えているというような「アイドリング状態」のときに活性化する神経回路であり、アイドリングしながら無意識下で蓄えられている情報を整理を行うことで、情報が結びつきやすくなり、新しい発見をしやすい状態となるそうです。
DMNとは? 創造力を高め、脳疲労を防ぐために知っておくべき9つのこと
他の2つに比べ「ひらめいて、わかる」とは、創造性を含んだ「わかる」だと思います。何かを理解したい状況で、この3つの「わかる」を自覚し、使いわけることで、よりクリエイティブで、豊かなインプットの時間となるかもしれません。

次に、言葉に対し、視覚的にアプローチした「わかる」の図を、2人の解説・感想とともに紹介したいと思います。

「わかる」という言葉の図

UXデザイナー 陳の図

陳「私は、YES/NOチャート形式に図を作成しました。図を考えているときに、リサーチで知ったフレーム問題のことを思い出しました。フレーム問題とは、人工知能を正しく働かせるために、色々な条件や制限をかけないと問題が起こりますが、人間の脳は人工知能と違って、今フォーカスしていることに対して、必要なものだけを本能的にピックアップできる素晴らしい能力があります。今回の図を作る作業も、膨大に見える情報から、このフレームスキルに頼って、図を作ることができたんじゃないかと思います。やはり脳はすごいです!また、ディスカッションして、一緒にざっくりとまとめたのに、2人の図は全然違います!考え方の違いが可視化されて、面白かったです。」

ライター 大橋の図

大橋「2人の図の違いは、各々の「わかる」の経路の違いの気がします。私もそこが本当に面白かったです。私のは図というより絵に近いものになったという印象ですが、表したかったこととしては、いくつもの無意識のなかにある情報の結びつきが意識化された瞬間に“わかる”が成立する様子を図にしました。3つ目のDMNは、でたらめに見えるような情報の結びつきから、なにかが結実する瞬間は、自分もなんとなく経験があるので、改めて面白いなと思いました。」

このように、言語に対して、視覚的にアプローチすることで、「わかる」という言葉の「イメージ」をより広げることができたと思います。

WSをやってみて

最後に、今回のWSをやってみた感想・総括です。
陳「今まで生きているなかで、外の世界から様々な情報をインプットし、他者との接し方や知識の学び方などを経験し、自分と世界とのインタラクションの方法は確立されていると思っていました。「わかる」とは、とても自然な流れで行われ、逆に自然に出来なければ生きることは難しいとも思っていましたが、改めて「わかるとは、何だろう?」と考えると実はとても深い。流れるように行っていると思っていた「わかる」にはまず「問い」を立てないといけない。問いが立たなければ、考えが新しく発生せず、いずれ思考停止になってしまいます。では、問いを立てるきっかけとは何か。それには新しいこと・知らないことと出会い、経験することが必要ですが、それ以外の方法もあります。すでに知っていることを能動的に改めて問う、改めて疑うことがとても重要だと気付きました。今回のキーワードである「わかる」を問うことは、まさにそれを行ったように思います。」
大橋「陳さんの言う「改めて問う」「改めて疑う」こそが、今回のワークショップのタイトルでもある「クリティカルに考える」ということではないかと思いました。私は批評を、再帰的な行為だと思っていて、例えば文学批評は、文字で書かれたものに対しメタな文字をつけることで、作品に対して新たな視点をつくります。批評をする・読むことで、同じ作品を新鮮に読み直すことができる。今回で言うと、「わかる」という言葉がわからない頃に戻って、新鮮な気持ちで「分かり直す」。このやり直しの過程を経ることで受動的になっていたことに主体性を取り戻せるような気がします。
今回は2人それぞれの視点から何度も「わかった」から「やっぱりわからない」に逆戻りし、また「わかったかも!」を繰り返しました。その過程で使い慣れた言葉に対して、何かを取り戻した感覚が確かにありました。この動きに自覚的になれたことで、これから何か「わからない」に出会うことが楽しみです。」

今回は、初めてのcritical thinkingというテーマで行ったワークショップのレポートでした。今後もS&Aではさまざまなワークショップ、ナレッジシェア、そして体験を行っていきますので、またみなさんにご報告していきたいと思います。