Surface&Architectureでは、使う人が自由にその使い方をひろげられるプロダクトの可能性を探る試みとして、2017年にHackableThingsというプロジェクトを行った。

HackableThings by Surface&Architecture

このプロジェクトの背景には、個人的な関心として「ハッカビリティ(hackability)」というキーワードがあった。ハッカビリティとは、言い換えるなら「プロダクトの改変しやすさ」のことだ。

ハッカブルなものになぜか惹かれる

まず、一ユーザー、一生活者として、ハッカブルなプロダクトにはなんかワクワクするものがある。なぜ自分はハッカビリティに惹かれるのだろうか?

また一方でデザイナーとして「人とモノとの関わり方をデザインする」という観点からも、ハッカビリティは重要な意味を持っていそうな気がしていた。それは一体何なのだろうか?

その割に、ハッカビリティについて言及された文章を目にすることはあまり多くないので、自分なりに言語化してみたいと思ったのが、今回の文章を書いた理由だ。これから3回に分けて、ハッカビリティとその可能性について考えていきたい。今回はまず導入として、ハッカビリティとは何か、その定義について整理する。そして今後、ハッカビリティがどのような価値をもたらすか、そして人とモノの関係をどう変えていくかということについて掘り下げていく。

Hackabilityとデザイン

1. ハッカビリティ=プロダクトの改変しやすさ(本記事)
2. ハッカビリティはどんな価値を生むか(近日公開予定)
3. ハッカビリティは人とモノの関係をどう変えるか(近日公開予定)

ハッカビリティとは何か

ハッカビリティの話をするにあたって、まずはハックという言葉の定義について明確にしておく必要があるだろう。一般的にはハック(hack)といえば、「コンピュータやネットワークに不正に侵入して悪さをすること」というようなイメージが根強いかもしれない。が、ここで言うハックはそういうネガティブなものではまったくない。

この文章では「ハック=使う人がプロダクトを改変すること」という意味で用いている。例えばプロダクトをより使いやすいように改造したり、欲しい機能を追加・拡張したり、使う人が自らのニーズを満たすために既存のプロダクトに手を加えていくことだ。ハックは、工夫をこらして課題を解決したり、創造的に新しい価値を生み出したりすることであり、むしろポジティブな営みといえる。

Hackability = プロダクトの改変しやすさ

インターネットを探しまわっても、このような文脈での「ハッカビリティ」についての明確な定義は見つけられなかったので、自分なりに「プロダクトの改変しやすさ」と定義してみた。

「ハッカブルなプロダクト」とはどんなものか

ではハッカブルなプロダクトとは具体的にはどのようなものか、いくつか例を挙げてみる。

事例1:Chumby (2006)

チャンビー - Wikipedia

思い返すと、自分がハッカビリティを意識し始めたきっかけのひとつは、Chumbyだったかもしれない。Chumbyは、ネットにつながるタッチパネルデバイスで、時計や天気予報、音楽プレイヤーなどの機能をダウンロードして追加できる。コンテンツはオープンで誰でも作れて公開できる。しかも、オープンソースハードウェアとしてその設計も公開されていた。(ちなみにどんな人が作ったのかは最近まで知らずにいたが、近頃日本語訳が出版された書籍「ハードウェア・ハッカー」の著者アンドリュー“バニー”ファン氏がその生みの親であり、本の中では当時のエピソードやハッカビリティに関わる話も多く読み応えがある)

事例2:OLYMPUS AIR A01 (2015)

レンズ交換式一眼カメラ [OLYMPUS AIR A01]

オリンパスのAIR A01は、Open Platform Cameraと銘打ち、ユーザーと共に新しい写真体験を開拓していくというコンセプトで登場したハッカブルなカメラだ。ソフトウェア開発キットや3Dデータを公開して、ユーザーが自由にアプリやアクセサリーを作れるようにしたり、「OPC Hack & Make Project」としてハッカソンなど様々な企画が展開された。ハッカビリティの高さを全面に打ち出したマスプロダクトとして、画期的なものだった。

事例3:Rancilio Silvia

コーヒーギーク達に最も愛されたエスプレッソマシン MIss Silvia

雑誌Make:の編集長Mark Frauenfelder氏による書籍「Made by Hand」では、ハッカブルなエスプレッソマシンとしてRancilio社のSilviaが紹介されている。これは意図してハッカブルにデザインされたプロダクトなわけではなかったが、その改造しやすさが多くのエスプレッソ好きのギーク達を惹きつけた。Miss Silviaという愛称で擬人化されるほどに愛され、様々なハックが生まれた。

スマートフォンとハッカビリティ

もうひとつ、身近な例として、携帯電話におけるハッカビリティについて考えてみる。

いわゆる“ガラケー”から“スマホ”への進化において、大きな違いは何かと言えば、ユーザーが改変できる範囲が大きく広がり、深くなったことだ。それはつまりハッカビリティの進化と言えるかもしれない。スマートフォンでは、フルスクリーンのタッチパネルにアプリを自由にインストールできるようになったおかげで、ユーザーは自分好みに機能を拡張できるようになった。携帯“電話”としてだけでなく、ミュージックプレイヤーであり、地図であり、時計であり…とさまざまな使い方ができる。プロダクトの価値や役割が、使う人のニーズや状況によって変幻自在なものとなった。

更に言えば、スマートフォンの中でもiPhoneとAndroidを比べると、Androidはよりハッカビリティが高い。Androidでは、ロック画面やホーム画面を変更したり、やろうと思えばOS自体も別物にできる。見た目だけでなく機能も含めて、より自分好みに使えるように自由にイジることができる。自分はiPhoneもAndroidも使っているが、Androidを好んで使いたくなる理由のひとつとして、こうしたハッカビリティの高さがある。

スマートフォンにまつわる体験の中には、これまでに挙げた以外にも様々なかたちでのハックが存在する。例えば用途を改変して「スマホのカメラをメモがわりに使う」というのもある種のハックだ。

スマートフォンには、さまざまなユーザーが思い思いの使い方をすることを許容する柔軟性がある。ここ10年の間に、スマートフォンは爆発的に普及し、世の中に浸透した。スマホがこれだけ人々に愛される存在になった理由は、もしかしたらハッカビリティにあるのではないか、とすら思えてくる。

ハックはハッカーだけのものではない

ハックの定義をより広く捉え、「ハック=使う人がプロダクトを改変すること」と考えてみると、ユーザーがスマホアプリをインストールして新しい使い方を実現することも、ある種のハックとみなすことができる。そう考えると、すでにたくさんの人々が、日常的になんらかの形でハックしているとも言えそうだ。

最初に挙げた3つの事例(Chumby/OLYMPUS AIR/エスプレッソマシン)のようなデバイスをハックするという体験は、まだ多くの人にとっては身近なものではないものの、ハックは一部のギークだけがするものというわけではない。

そして、プロダクトのハッカビリティ(改変しやすさ)は、何かしら人を惹きつける魅力があり、ユーザーにとっての価値を生みだしているように思える。次回は、その魅力の要因はなんなのか、どんな価値をもたらすのかということについて掘り下げてみたいと思う。

(次回につづく)

Surface&Architecture 巾嶋良幸