こんにちは。
Surface&Architectureの仕事は、デザインや体験をつくる過程で「仕組みからつくる」ことが多くあります。それらのリサーチの一環としてはじまった「しくみをしくむ」は、私たちの新しい思考、行動、関係性を惹きおこす面白い仕組みについて考えるシリーズです。
#01 めぐる仕組み はこちらから
このシリーズでは、S&Aのメンバーが気になったプロジェクトやビジネスモデルなどの仕組みからいくつか事例をピックアップし、ライターである大橋がリサーチ・考察しています。第2回目のテーマは「のこる」ための仕組みです。

のこる仕組みの価値

「のこる」という言葉を辞書でひくと、「歴史に残る」という名誉なこともあれば、逆に「傷が残る」という使われ方もあります。人は、過去→現在→未来というように時間がリニアに進んでいると仮定しているので、過去から引き受けたものの中には、良いものも、悪いもの、また良かったけど悪くなってしまったもの、その逆、などさまざまな「のこる」が存在します。
のこる仕組みを考えることは、次世代になにを残すべきなのか、時代によって「変わる価値」と「変わらない価値」の違いとはなにかというような、長く膨大な時間のなかでの現在地を考える、メタ的な想像力が刺激されます。
そのなかで今回は、過去も現在も、また未来も「良くあり続ける」ための「のこる仕組み」を紹介します。

【 ブルネロ・クチネリ 】

最初の事例は、70年代に創業して以来、カシミヤを主力商品とするイタリアのラグジュアリーブランド「ブルネロ・クチネリ」です。クチネリ社には、ニット製造の伝統技術をもつ「職人」が今も多く活躍しています。今回は、工業化、デジタル化の時代に淘汰されつつある「職人」の価値をのこす仕組みの紹介です。
まず、クチネリ社といえば、アパレルブランドとして世界トップレベルの利益を上げながらも、「人間の尊厳を守ること」という経営哲学を徹底していることで有名です。
人間主義的経営
職人の尊厳を表していることのひとつに呼び名があります。職人はただの工員ではなく「アーティストである」との考え方から、アートの意味を含む「アルティジャーニ」(職人)と呼ばれ、尊敬の意が込められています。また、職人たちの大半が、クチネリ社の拠点であるソロメオ村に住んでおり、村には、会社がつくった劇場、図書館、公園、農園など、豊かな文化や自然環境が整えられています。そのため職人たちは、日常的に哲学や芸術、自然に触れながら生活を送ることができています。今回、もうひとつ注目したいことはクチネリ社にあるささいなルールです。例えば、夕方5時半以降はメールをしてはいけない、昼休みはきちんと休憩を取ること、など。そのようなルールを設けることによって、個人の自由を確保しています。これも人間への尊敬を実現するひとつのようです。
この「環境づくり」や「ルールづくり」を職人たちの創造性のトリガーとなる装置と考えてみます。ニットをつくるためだけの一日でなく、自分の時間を与えられ、高度な文化に触れる機会を得る、それによって職人は機械に取って代わられる存在ではなく、ブランドのビジネス価値を決める要のアーティストとなっていくのかもしれません。
この創造性のトリガーをつくることが「のこす仕組み」の要素ではないでしょうか。創造性の起爆剤をあらゆる角度から設置し、常に新しさが生み出される状態をつくることで、生産性だけを重んじる流れに逆らって、人間にしか生み出せないものの価値を「のこす」ことを可能としている仕組みと考えられます。

【 真鶴町の景観 】

次は、神奈川県の真鶴町のちょっと変わったまちづくりの事例です。真鶴町には、まちの美しさを定めた『美の基準』という条例があります。これは1980年代後半にリゾート法が制定されたことにより、近隣の熱海や湯河原で都市開発が始まり、それに対し真鶴町の住民が、町の景観を守る目的でつくられた条例です。
美の町真鶴|真鶴町
『美の基準』の内容を少しだけ紹介すると、まず69のキーワードからつくられています。たとえば、「静かな背戸」「少し見える庭」「海と触れる場所」など。これらの言葉は、住民たちが思う、真鶴らしいなと感じる風景を「美」と定義して言語化したものです。またキーワードとともに写真やイラストが一緒に添えられています。ここで注目すべきなのは、景観を守る条例でありながら、具体的な色や数値ではなく、「言葉」や「イメージ」によって条例が定められているところです。
真鶴町の何気ない町並 / S&A 岡村撮影 真鶴町の何気ない町並 / S&A 岡村撮影
これはクリストファー・アレグザンダーが提唱した『パタン(パターン)・ランゲージ』を参考としたことに由来しています。建築や都市の構成理論ですが、「人々が心地よいと感じる環境は人それぞれである」という前提があります。パタンとは、『美の基準』のキーワードにあたるもので、たとえば「木のある場所」「見分けやすい近隣」「夕暮の感覚」など。環境や建物、文化や生活のためのパタン(語)とパタン(語)が結び付いて、いくつものランゲージ(言語)となり、その相互作用のなかで、人々にとって良い環境が立ち現れるという考え方、とのこと。このように言葉の組み合わせによって可変的な性質をもつ理論のもと『美の基準』はつくられているため、色や数値など画一的に美しさを定めるものとは異なるのです。
『美の基準』は、都市開発という外部から押し寄せる強行な変化への抵抗として“町らしさ”を残すために定められたものですが、それと同時に、“町らしさ”とはなんなのか、なにが心地良いのか、どうして美しいのかを、これからもずっと問う行為を残すための仕組みとも言えそうです。
黄金比など、人が美しいと感じるものは決まっている、というような話もありますが、普遍性がある基準ではなく、その時、その人によって編み出し続けるところに「らしさ」という美しさは受け継がれていくものなのかもしれません。
今回は、大企業と町という少しスケールが大きい事例の紹介となりました。また、「職人」や「町らしさ」など、継承が難しそうなものを、のこすための仕組みを取り上げてみました。この2つの事例に共通することは、「のこる仕組み」には「思考の誘発」が必要ということではないでしょうか。長く膨大な時間のなかで、あらゆるものが変わります。それと同時に、常に創造性を刺激すること、問い続けること、その営みのなかで残っていく。「変わらないものがのこる」というよりは、「変わり続けるものがのこる」のかもしれないと感じました。
それでは、また次回の記事でお会いしましょう!
参考記事: 世界で一番美しい会社ブルネロ・クチネリに学ぶ「資本主義の使い方」
https://courrier.jp/news/archives/243615/
ブルネロ・クチネリに見る企業の生き方
https://www.fashionsnap.com/article/2017-02-14/brunello-cucinelli/
真鶴の暮らしの風景に表れる『美の基準』とは?
https://colocal.jp/topics/art-design-architecture/manazuru/20161018_83125.html
神奈川県真鶴町/真鶴町と美の基準~「変えない」が価値となる共通言語~
https://www.zck.or.jp/site/forum/19343.html
現代美術用語辞典ver.2.0「パタン・ランゲージ」
https://artscape.jp/artword/index.php/パタン・ランゲージ
松岡正剛の千夜千冊「パタン・ランゲージ」
https://1000ya.isis.ne.jp/1555.html