戦略本

昨日、「クラウゼヴィッツの戦略思考」 を読み終えました。今日は、いつもと毛色が違いますが、戦略について思うところを書いて見ようかと…(全くインタラクション系の話ではないですが)

読み終えた直後の感想は、「戦略って本当に必要なのか?」とちょっと戸惑いました。原典の「戦争論」は大著でかなり難解なようです。そういう意味では、「クラウゼビッツの戦略思考」の解説はある程度分かりやすくなっていると思います。(それでも結構難しかったですが。)

いくつか、面白かったところをメモ的に引用しておきます。

  • ?「不確実性は、戦略の源泉。」
  • 「戦略は道具ではない。」「戦略が文字通り『モノ』であれば、時々刻々と変化する環境に対応」できなくなる。「哲学する」ということ同様に、戦略的に思考することが本質だということだろうか…
  • 「単純さには勇気があり、複雑さには利口さがある。ともすれば、勇気はそこそこにして利口さを多めに用いたほうがより大きな成果が得られるのではないかと考えたくなるだろう。しかし、実際は逆である。危険が満ちている状況では、利口さよりも勇気を重んじなければならない。」
  • 「敵の求心力の中心を狙いすます『重心への集中攻撃』、攻撃の効果が最大になるタイミングを見極める『緊張状態の活用』」

「戦略って本当に必要なのか?」と思ってしまったのは、「モノ」としての戦略が否定されていたり、理論よりも経験と才能に重きが置かれているようなところがあったりしていたからでした。もう一度、こうして文章化のために読み直してみると、「戦略的思考」の意義は読み取れるのですが…

戦略はもう少しわかりやすい言葉に置き換えると、意味が広くなりますが「方法」のひとつと置き換えても間違いではないでしょう。「方法」の善し悪しは、再現性が高いこと、誰がやっても同様の結果が得られるというところにあると思います(レシピとか)。よくできた戦略も誰もが同様に実行可能なはずで、そう考えると戦略を実行した痕跡から、方法を推測し誰でもまねできてしまって、戦略に価値がある期間は、模倣が蔓延る前の、ごく限られた期間であるような気がします。それから、正しい戦略というものがあれば、正しい戦略=同様の戦略を実行する人が増えて、結局、戦略として意味を成さないような気も…

そういう意味で、「モノ」としての戦略は否定されるべきものなんですね。しかし、だとすると、なぜ文書化された戦略の秘匿性は高いのだろう?

などなど。最初はあまり、面白くなかったと書くつもりでしたが、改めて読み読み直してみると、いろいろなヒントを与えてくれる面白い本ですね。でも、古典戦略論では、個人的には孫子の方が好きです。でも、「兵法三十六計の戦略思考」よりは面白かったかも。

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